SHORAKUSHA

終わりがないフィルムのように続く、ある風景の備忘録

イオン相模原ショッピングセンター・イトーヨーカドー古淵店

相模原市南区に位置するイオンのショッピングセンターと、隣接地にあるイトーヨーカドー

 

横浜線古淵駅南方、国道16号沿いに立地。

どうしてこんないきなり流通頂上決戦みたいな事態になってしまったのかというのがやはり気になるが、あくまでも偶然両社の進出計画が重なっただけなのだという。イオンは昭和シェル石油のグラウンド跡地、ヨーカドーは王子製紙のグラウンド跡地であり、なにやら建設前の土地用途まで似ている。本当に偶然なのかは若干怪しいところだが、公的に調べられる情報の限りでは、偶然なのだというからこれ以上は詮索のしようもない。

結局敵意むき出してドンパチされては市民にとっても幸せな結果にはならないということで、行政の主導のもと双方の計画は協調路線をとることとなった。最終的に1993年8月11日に同時開業となり、双方の建物を直接結ぶ連絡橋の設置も行われた。

一晩にして相模原南部・町田エリアでも指折りの商業集積が現れたわけで、当時としては相当な衝撃があったであろう。現在でも双方が並ぶ国道16号線古淵駅入口交差点は渋滞スポットの一つであり、なにやらいつも人と車が集まっている場所というイメージが近い地域に住まう著者からしてもぼんやりと感じられる。

実は古淵の商業施設は幼少期からなじみのある商業施設の一つでもある。八王子の実家からクルマを乗り出して、自宅から少し離れたショッピングセンターやモールへ出かけるのが好きだった両親にたまに連れていかれるような場所であった。

中学生のころまでのぼんやりとしたイメージは「ジャスコはデカいけどなんか暗い・もさい」「ヨーカドーは比較的小さいけど馴染みがある、明るい、ジャスコよりはマシなものがありそう」というもので、地元にあったイトーヨーカドーはさておき、わたしの(ろくでもない)「ジャスコ観」が形成された大事な商業施設でもあった。

 

次第に親と買い物に行くということがなくなり、両親自身も古淵の両施設に魅力を感じなくなったのか、両親の興味は武蔵村山ダイヤモンドシティや立川・海老名のららぽーとへと移っていき、次第に古淵とは疎遠になっていた。今思えば総合スーパーの時代からモールへの時代へ移行した、その変節を如実に反映しているような消費行動の変化にも思われる。

 

その後、2025年にイオンが大規模改装を実施し、直営・専門店共々大幅なテコ入れが行われたと聞いた。気になっていたのだが、先日ついに行く機会に恵まれた。

 

以上、ここまでが前座である。

 

画像をひっくり返してみると、なんと実に10年ぶりだという。

イトーヨーカドー古淵店。

こちらは前回訪問時と良しにつけ悪しきにつけ大きくは変わっていなかった。前回訪問時(2016年だったか)は食品の「フードマルシェ化」改装の最初の時期で、すでに衣料住居も含め全館改装されていた古淵イトーヨーカドー的にもやはり大事な店なのだなと思った記憶があったと同時に、上層階に入居した無印良品やロフトを見て、やはり今後の上層階は専門店導入の時代なのだと思った記憶がある。ただ、もう10年も前の話である。

10年を経て店を回ってみると、イトーヨーカドーの店舗遍歴のなかでも過渡期にある店舗であることが改めて感じられた。そもそもの床面積もそこまで大きくなく、古い店舗が多く閉店してしまった現在からすると、どちらかというとコンパクトな店という評価になりそうだ。中央部の吹き抜けもまだ小さい。

使いやすさはあるが、現在のイトーヨーカドーがやりたい専門店も直営もみたいな両にらみをやるには手狭な印象を受ける。とはいえ床をすべて埋められているわけでもなく、3Fの南側などは結構な空き区画が目立った。

食品は混んでおらず、土曜午後にしては閑散としている様子があった。40~50代の夫婦層が多かった印象で、床面積と通路幅に対して天井高が高く、独特の開放感がある。一方で棚が不自然に切れていたり、移動式の冷蔵ケースが若干乱雑に並べられていたりと、防火シャッター区画を確保する兼ね合いなのか、思うように売り場を作れていないような様子も散見された。

 

古淵駅側から見るとちょっとだけ凝った造りをしているんですよね。

 

 

 

イオン相模原ショッピングセンター。

こちらは前評判通り、大きく化けていて驚いた。専門店はテナントレベルが特別高いわけではないが、非常にそつがないし仕方なく埋めたような区画が少ない印象。イトーヨーカドーからの連絡橋がつながる2F東側出入口にはスターバックスまでできていた。イトーヨーカドーではあまり見なかった10代~20代の若年層も多く歩いていた。直営売場の衣料住居も最新売場モデルである専門店分化が行われており、otonagiや専門店側に切り出されたDoubleFocusを見ながら、当地で培ったジャスコ観を完全に払拭せねばならないことを悟った。ただ直営側の決して大きくない吹き抜けにLEDモニターが貼られ、広告やら激しめの映像やらがギラギラと展開されているのだけは少々面食らった。

食品も目を見張るものがあった。もともと食品売り場はイトーヨーカドーよりもずっと広い売り場を展開していたはずだが、ただ売場が大きいだけという印象が以前は強かった。巨大な鮮魚売場とジャンボパックをドカドカと陳列している精肉に圧倒されたし、なによりここでイトーヨーカドーの直営食品より圧倒的に客数が多いことに気づかされた。イオンではあまり見ない精肉の対面販売があり、かつ複数名がケースをのぞいて品定めをしている。グロサリーも品出しをガンガンしていて、従業員をあまりみなかったイトーヨーカドーとの対比が際立つ。イオンもそこまで尖ったことをしていないはずだが、客数の多さ(そして若さ!)に圧倒されると同時に、イトーヨーカドーのあの様子がどうやらただならぬ状況なのではないかという不安のようなものも去来した。

イトーヨーカドー側に止めた自分のクルマに戻ろうとイオン2Fの直営売場を歩いていた時、友達連れと思われるカートを引いた2名の女性高齢者とすれ違った。「こっちは広いけど買うもんないわね。ヨーカドー戻りましょ」という彼女らの言葉に、いま双方が置かれている立場の違いに対する答えがあるような気がした。

 

イトーヨーカドー2F駐車場からみたイオンの塔屋。あれだけバチバチに改装したのに塔屋を直さないというイオンの謎の金銭感覚。たまに見かける。

 

 

イトーヨーカドーも3Fの子供売場や店舗周辺のアスレチックには子供がたくさんいたので、彼らをどうにかして食品まで引っ張りたいところ。つぶさに見ればイトーヨーカドーも負けないアイテムを展開していると信じていますが、勢いは完全にイオンにあり、押されている感じでした。今後が悩ましい感じです。

 

 

今後の刊行予定(とお詫び)(とイトーヨーカドー本のゆくえ)

超簡単なこの記事の内容まとめ。遅刻しそうな人はここだけ見てね。

 

①たぶんヨーカドー本予定通り出せないから延期するわごめん

②でも諦めてないからいつかは出すよ(とりあえず2025年内を次のゴールにした)

③他に渦森がその間何の本出そうと思ってるのか気になるなら後で下を読んでください

 

 

〈キリトリセン〉

 

 

画角がなくても広角はすべてを解決します。

みなさんお疲れ様です。渦森です。

 

冬コミまであと2か月になりましたね。2か月か…

ハト本、圧倒的資料不足に直面しております。

間に合わねえな、これ。

 

ということですいません!

イトーヨーカドー本以外にも本にしないとケリがつかない企画がいくつか渋滞しておりまして、ちょっとスケジュールをひきなおすことにしました。

いいですか、予定というのは変更されるものなのです。

 

渦森が必死こいてつくる商業施設の本、今後の刊行予定

①「イオンが百貨店をやってみた(増補改訂版)」 たぶん1,000円(税込)

2024年11月03日(日)「おもしろ同人誌バザールin神保町」で販売開始

昨晩入稿したので出ます……夢でなければ。学生時代の腐れ縁と「迷走優品」という怒られそうな名前のサークルで出します。今回の目玉はデータの拡充! 地図と表をしれっと挿入8ページ増です。詳細はX(旧Twitter)にもおいおい上げます。

②「ダイエーが百貨店をやってみた(仮題)」 頒価未定

2024年12月30日(月)「コミックマーケット105」で販売開始予定

まぁ……ボンベルタやったら、あとはプランタン…ですよねえということで、当初「イトーヨーカドー本」予定だった冬コミはプランタン本にリスケしました。サクカ思いっきりヨーカドーで出しちゃったけど。同人活動だもの。

 

以下2025年内にはケリをつけたい。

③「ヨーカドーが百貨店をやってみた(仮題)」 頒価未定

そりゃ…もうここまできたら……やるしかねえよなあ。

④「イトーヨーカドー大全(仮題)」 頒価未定

もうこんな情勢なのでいつが売り時なのか分からなくなってきました。当初は「歴史上存在した全店舗の写真記録」を目標にしていましたが、ちょっと難しそう。おいおいは実現するにしてもまずは一回比較的楽に実現可能な形で手持ちの写真を使った図鑑的なヨーカドー本を実現したいという気持ちがあります。それがうまくバズれば資料収集の風穴もあくかもしれませんしね。というヨコシマな願望もあったり。

 

ということで、皆さんとの約束は反故になりそうなので申し訳ないのですが、来年中には……やっぱりなんとかしたいよなあ。ひょっとすると取り上げる概念そのものが無くなっているかもしれない。そういう意味ではあまりのんびりはしていられないという意識はあります。なんとか、やろう……来年中に(突如低くなる意識)。

 

ということで、生暖かく見守りください。当方コミュ障なので、俺なら力になれるのにな…ニヤニヤって方がいたらぜひお声がけください。

イトーヨーカドー店舗大全本を作りたい

とつぜん普段と毛色の違う投稿を失礼します。

 

もう前置きは不要かと思いますが、ここ2~3年ほど「イトーヨーカドーの歴代店舗すべてを網羅した写真+解説の大全集」をどこかでまとめる必要があるのではないかと考えてきました。

しかしながら個人的都合によりそれは引き伸ばし…というか、なんとなく一押しが足りず、実現せずにいました。

 

しかし、昨今の状況です。

いつかはこういったことにはなるだろうと構えていましたが、思った以上に事態は早く訪れました。

 

もちろん、首都圏の店舗は引き続き営業されるかとは思います。

しかし、衣料住居部門からの撤退も明言している以上、総合スーパーとしての「イトーヨーカドー」は首都圏でもそう遠くないうちに消滅すると考えています。

 

だからこそ、いまこの体制を記録することが、最後のチャンスではないか。

そう思っているわけです。

 

………しかしながら、

当方が商業施設を本格的に回り始めたのは2015年ごろから。かつその後学生から就職を経たため、訪問が不可能だったor叶わなかった店舗が複数存在します。

文章に関しては文献調査である程度カバーできるのですが、困っているのは「写真資料」です…

 

ハッキリ言います。

 

この企画に写真提供していただける方を募集します。

 

以下、構想している概要を記します。変更の可能性はあることをご了承ください。

 

 

【プロダクトの概要】

・目的:イトーヨーカドー創業から最新店舗まで過去に存在したことのある店舗を含ん    
    だ全店舗の紹介、現状の記録。

・発行時期:2024年12月末(コミックマーケット105での販売を目指す)

・判型:A5横(仮)

とりあえず作ってみたひな型です(変わる可能性あり)

・ページ数:考えたくもないですが300pを超えるはずです(2分冊も視野…?)

 

【当方が求めていること】

・過去に存在し、現存しない店舗の訪問記録、写真等(以下に具体的に記します)

・HP、社史、雑誌や新聞等から得られる情報「以外」の資料

以上は原則「引用」という取扱いにいたしますので、写真プリント、資料等物理資料の場合は確実にお返しいたします。

・興味がある方には実際に本づくりに関わっていただくこともあるかも……?

 

【想定されるリターン】

・クレジット等への名前の記載(ハンドルネーム可)

・完成した書籍の無料謹呈

・ちょっとしたお礼

 

【具体的に求めている人材】(ここは若干のわがままです)

・成人されている方(18歳以上の方)

・日本語話者の方

・最低限の常識がある方(締切が守れる、やり取りが滞りなく行えるなど)

・滞りない作成のため、当方の判断により採用可否、掲載可否を決定する場合があります。その際に納得していただける方。

 

以上になります。

印刷代等は原則当方が持ち出しますので、参加していただく方の出費は原則ないつもりでいます。

 

採用可否については、応募していただける方の希望と、当方のリソースやクオリティ管理の兼ね合いの上で最大限希望が通るように尽力いたしますが、やむを得ず応募された方のご期待に沿えない形になる可能性もあることはご了承ください。

特に2018年ごろまでの現役店舗についてはほぼ写真資料は当方でそろっているため、改めて申し出を頂いても採用いたしかねる可能性が高いです(ブランド変更前の写真の場合はその限りではありません)。ご了承ください。

 

 

以下、当方が写真資料や文献資料を求めている店舗の一覧です。

・千住店(ザ・プライス化前)

・レディスコーナー(千住店に併設?)

・赤羽店(初代 ザ・プライス時代もあれば…)

北浦和

・小岩店(初代)

・蒲田店

・大山店

三鷹

・溝ノ口店(初代 ザ・プライス時代もあれば…)

・田無店(初代)

曳舟店(初代)

・戸越店

・三ノ輪店(初代)

・西新井店(初代)

・大井店

・越ヶ谷店

・郡山店(初代)

・蕨店(ザ・プライス時代もあれば…)

・野田店(初代)

・川口店(ザ・プライス化前)

・亀有店(初代)

・白河店

・大和店

・五香店(ザ・プライス化前)

・東久留米店(初代)

・取手店

・昭島店(初代)

・橋本店(初代)

・土浦店(初代)

・杉戸店(サンベルクス化後もあれば…)

・上大岡店(初代)

・宇都宮店(初代)

・相武台店

・富士吉田店

・帯広店(初代・閉鎖後は写真あり)

・藤岡店

・高萩店

・希望ヶ丘店

・いわき植田店

・君津店

・富士店

・市原店(初代)

・琴似店(初代・ザ・プライス化後もあれば…)

・せんげん台店(初代)

・府中店

・四街道店(初代)

東松山店(ザ・プライス化前)

・志津店

南砂町

鎌ヶ谷店(初代)

・北四十二条店

・上福岡西店

・稲毛店

・松本店(IY、エスパ時代)

・苫小牧店

豊橋

・江別店

・月寒店

刈谷

・八戸店(初代)

旭川

大麻

・函館店

・足利店

・秋田店

・中央林間店

各務原

・丸大柏崎店

・釧路店

・恵庭店

石巻

深谷店(アリオ化前)

・大宮店(初代)

・八幡宿店

・鶴ヶ峰店

エスパ昭島

・韮崎店

・岡谷店

・北上店

・堺店

・浜松店(初代)

・前橋店

鹿沼

ザ・プライス丸大長岡

・新川店

・結城店

・長沼店

塩尻

エスパ琴似

・新潟木戸店

エス我孫子

・小牧店

エスパ福住

・恋ヶ窪店

・鳴海店

・土浦店(二代目)

六地蔵

・臼井店

・岡山店

・福山店

・広畑店

エスパ川崎

・千歳店

・浜松宮竹店

・食品館小豆沢店

・食品館倉敷店

・食品館高井戸店

・食品館梅島店

 

自分でも信じられないくらい長いな…

 

【問い合わせ先】

mail:tanuppe★gmail.com(★を@に変えて送ってください)

Twitter(現:X):@uzumomen

郵送等ご希望の場合は一度メールでお問い合わせください。

Twitter使える方は極力そちらのリプライかDMでご連絡いただけると助かります。オタクなので…

 

大変勝手なお願いではございますが、わたしがここで書くには書ききれないほど思い入れがあるイトーヨーカドーを体系的に記録し、後世に残すための取り組みに、ぜひご協力いただけたらと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 

渦森うずめ(坂本 和大)

 

 

 

【参考】わたしについて

大学生の頃より商業施設めぐりに目覚める。2014年のコミケでそごう国内店舗を紹介した本「そごうのその後」を発刊(別名義)。その後多忙でしばらく同人の世界からは離れていましたが2022年にイトーヨーカドーの建物を体系的に解剖した本「ハト来たる」を発刊しました。まぁだからなんだって話ですが、商業施設が好きでいままでいくつか本を作ってきましたということが伝わってくれればそれで…

 

uzuuzushop.booth.pm

完売中です。申し訳ない…

旅が終わる街、金沢八景と喫茶店のこと。

まちを歩いて写真を撮る趣味を本格的に始めてそろそろ10年になる。

「趣味」とは言っているがそこまで楽しいかと言われるとそうでもない。どちらかというと暇つぶしに近い。

ぼちぼち成果もでるので、なんだか立派な趣味のように錯覚するけれどもやはり自分にとっては暇つぶしの延長程度にしかすぎないように思えてしまう。そして錯覚するがゆえに暇つぶし程度のことを10年以上も続けてしまった。

このまま書き続けていると実は趣味らしい趣味がなかったのではないか?自分が分からない自分との闘い!みたいな誰も知りたがらない話が始まってしまうので、今日はあまり縁がないのに不思議と思い出が残るまち、横浜市金沢区金沢八景のことを少し話したい。

 

自分の写真の記録をさかのぼると、初めて金沢八景の景色を写真に収めたのは2012年のことだという。絶賛浪人中の時期である。そんな時期にそんなプラプラしてる場合か…と思ったが、一つ思い出したことがあった。おそらく横浜市立大学オープンキャンパスで訪れたのである。

雑然とした駅前を何気なく写した写真にとある喫茶店が写っている。

三本コーヒーショップ」である(見づらいが)。

 

当時、金沢八景の駅前では再開発の計画が進んでいた。そのことをわたしは当時から知っていた。だから当時は乗り物ばかり写真に収めていた自分でも駅前の写真を撮っておこうという気持ちになったのだが、その一方で開業から20年以上たっても仮設のままであった当時のシーサイドライン金沢八景駅のことを思って、本当にその計画が形になるとはとても思えなかったことを覚えている。

ただ、当時の金沢八景の駅前は当時の自分の目からしても、明らかに寂れていた。いや、どちらかというと「くたびれていた」というのが適切なような気がする。人はいて、ちゃんと消費活動も行われているのだが、なにかどの建物も薄汚れていて、時間が止まっているような感じがあった。再開発の計画が進まなくても、この景色はあまり長くは保たない気がした。そして、そんな時間が止まった建物の中でもひときわレトロな存在感を放っていたのが三本コーヒーショップなのであった。

 

こうした景色に対して、写真を撮るだけではなく、何か体験したという経験を残しておきたい。そう思ったとき、ふと「三本コーヒーショップ」に入ってみたらどうだろうかと思った。

 

しかし、わたしは入れなかった。勇気が足りなかったのだ。

当時はまだいまほど喫茶店やカフェに興味があるわけでもなく、ましては個人経営の店など入ったこともなかった。

 

改札に入り、そそくさと地元へ帰る直前、三本コーヒーショップを一瞥して、もう一瞬だけ迷った記憶がある。最後は、まぁそんなに急に再開発が進むか?という言い訳を想いながら、わたしは京急で横浜へと戻った。

この後、わたしは地味な浪人時代の末、高校時代の担任に「お前、一浪してここか…」と言われるような大学に入り、大学生になった。興味はいつの間にか乗り物から商業施設へと軸が移り、行ったことのない街に行き、見たことのないGMSをひたすら潰してゆく(経営的な意味ではない)日々を過ごしていた。

 

そして2016年。わたしは再び金沢八景駅に降り立った。

駅前は少し、様子が変わっていた。

建物はあまり変わらないが、工事用の柵が目立つ。建物こそ変わらない…しかしそのほとんどはもう営業していなかった。それは都市の変化が劇的に訪れようとしていることを示していた。

その刹那、ふと浪人時代に見かけた三本コーヒーショップのことを思い出した…いや、思い出さずとも改札を出ると正面にあるのである。

しかし、建物こそ残っていたが、三本コーヒーショップはその場所での営業を終えていた。閉店か?と少し焦ったが、シャッターに貼られた紙を眺め、近くに建てられた商店街の仮設店舗「せとこみち」の中に移転していることが分かった。

移転した先の三本コーヒーショップは、営業こそすれ、ある意味で当時の面影を完全に失った状態であった。

これにはかなり複雑な心境になったことを覚えている。再開発は仕方ないし、老朽化した建物は災害リスクが大きい。営業が続けられるだけ御の字ではあるが、空間がたたえた時間と蓄積は帰ってこない。そして仕方ないとはいえ、4年前の自分の逡巡と決断を思い出し、少し後悔した。あとは帰宅するだけといった夕方のタイミングであったので、祈るような気持ちで入店し、その後夕食を控えているのにケーキとコーヒーのセットを贖罪の気持ちでお願いした。そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、ケーキの食後にはそっと小さなチョコレートが差し出された。

 

そして、2023年である。

なぜか金沢八景は夕方に訪れることが多い。

幸浦あたりの団地をうろうろして、夕方にシーサイドラインに乗った。普通に新杉田に帰るのも癪だなと思って、反対方向の電車に乗って金沢八景に流れ着いた。

ほぼ7年ぶりの金沢八景は、完全に様変わりしていた。

再開発は完全に終了し、仮設駅であったはずのシーサイドライン京急の駅の真横まで伸びていた。シーサイドラインの直下には立派なバスターミナルが整備され、京急の駅も橋上化されてかなり立体的な都市へと変貌していた。

…そういえば三本コーヒーショップは。

どうなったのだろう。

 

エスカレーターを乗りついでようやく地上に降り立つ。仮設店舗は当然のことながら姿を消している。駅近くを軽く歩き回ってみたが、三本コーヒーショップはついに見つけられなかった。

変わりにと言ってはなんだが、シーサイドラインの駅横に立派なガラス張りの「ベーカリーハウス アオキ」が目に入った。1Fでパンを販売していて、2Fがカフェになっている。そこに落ち着くことにした。

席からは地上を出入りする路線バス、少し顔を上げれば頭上には駅を出入りするシーサイドラインの車両が目に入る。乗り物好きには意外と飽きない空間である。

アイスコーヒーと一緒に1Fで買ったパンをちびちびと食べながら、金沢八景というまちと自分とカフェとの縁に思いをはせていた。

カフェのあるまちはいくらでもある。カフェに入りたくなる瞬間にどこかの駅前にいることだって当然ある。でも、それにしたって、金沢八景でわたしは喫茶店やカフェがいつも目に留まり、入ったり入らなかったりする。疲れ果てた夕方にたどり着くことが多いからかもしれない。でも、それにしたって多い。

2Fの三本コーヒーショップの窓からは、おそらく駅の改札口から吐き出された多くの人々を眺めることができただろう。それが、いまはベーカリーの2Fから、行き交うバスやシーサイドラインを眺めている。10年で大きく様変わりしたようで、微妙に変わっていないような、不思議な感覚がよぎった。

この記事を書いていて、ふと思って2012年の写真をもう一度よく見返してみた。そして仮設店舗が写っている2016年の写真も。するとやはりあった。2012年の写真にはいまと同じ店のマーク、2016年にははっきりと見える「アオキベーカリー」の文字。

パン屋さんは建物の建て替えを経つつ、昔のまま営業を続けているようだった。様変わりしたようで、実はそこまで変わっていなかったのかもしれない。建物は建て替わっているようなので、当時からカフェがあったのかは分からないが、三本コーヒーショップが担っていた役割を、ほぼ同じ場所で商売を続けてきたアオキベーカリーがいま引き継いでいるということを考えると、なんだか少し面白くなってくる。

外見は大きく変わったけれど、まちで暮らし、営む人々の気持ちや思いは変わらないのかもしれない。少なくとも今のうちは。将来は分からないけれど。

 

そして、この記事を書くにあたって、三本コーヒーショップの行方を調べたら、金沢文庫へ移転していることが分かった。

場所が大きく変わったとはいえ、まだ営業は続けていることには安堵した。わたしにとってなんでもないと言えばそれまでだが、なぜかとても印象に残るお店だから、今度金沢文庫に降り立った時は少し覗いてみようと思う。

 

縁もゆかりもないのに、なぜか夕方にたどり着いて、なぜか喫茶店で休憩したくなる。金沢八景はわたしにとって謎の引力を持ち続けている。

 

 

 

旧店舗時代の内部がわかるはまれぽさんの貴重な記事。はまれぽさんはぜんぶある(断言)

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