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SHORAKUSHA

place memories

遠い異国の、シーブリーズ感じて。-検見川浜ベイサイドモールフェリア(イズミヤ検見川浜店)

【2017年1月31日追記】

記事中でもちょろっと話していたイズミヤ検見川浜店の閉店が正式に決まりました。2017年5月中旬とのことです。「しんがり」は何を遺してくれるか。

 

撤退戦の最後尾で敵の追撃を阻止する部隊のことを、古く「しんがり」と呼んだ―

 

遮るものの少ない、人工的にのびのびとした景色を眺め、京葉線で東京から30分、検見川浜に降りる。

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検見川浜ベイサイドモールフェリアは千葉市美浜区京葉線検見川浜駅前にある。「海浜ニュータウン」という知名度が弱すぎるニュータウンの一角を形成するエリアで、周囲は様々な団地の見本市と化している。のっぺりした埋め立て地に重厚長大を具現化したような団地がドコスコ立っている姿は味わい部い。もはやソビエトロシア。

 

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イズミヤのマークもフェリアのマークもドヤ顔で正面にペタペタ貼ってある

核店舗はGMSイズミヤ検見川浜店。プラスしていくつかの専門店が入っているが、ほぼ売り場が同化していて、お客さんにしてみればすべてイズミヤの店舗のように見えていよう。

イズミヤとは、関東の人間には聞きなれない名前だが、イズミヤは関西で展開しているGMSなのだ。なぜか千葉のニュータウンの駅前商業ビルに、唐突に核店舗としてしれっと収まっているからフシギである。ジャスコもヨーカドーも、当時はマイカルやダイエーすらもあったろうに、地元側のチョイスセンスもあなどれないものがある。

どうもバブル期、関東進出を本格的にもくろんでいた時期があったようで、検見川浜店はその残滓なのだ。首都圏3店舗目の店舗として1991年11月に開業。まさにバブルの申し子である。

そのほかにも、板橋、八千代、牛久、小山、東大宮(!)、江戸崎(!!)などその出店地のチョイスはなかなかのセンスだが、やはり知名度の所為か、関東での事業はあまりうまくいかず、少しずつ閉鎖が続いていた。ここ2~3年の事業整理(つまりは関東での野望をついにあきらめたということである)で関東からの撤退戦を仕掛けており、板橋、八千代、小山の店舗がこの2年ほどでたて続けに閉鎖している。いまや関東の店舗は牛久と検見川浜のみになってしまい、牛久も閉鎖方針が決定されているので、検見川浜店は関東撤退戦最後の「しんがり」となろう。

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入口のコテコテなイズミヤマークにみえる関西イズム。出身が隠せてないのもご愛嬌。

地域適応の精神というのは大事で、検見川浜店に入ってみると、途端に衣服商品のセンスが関西っぽいとか、どん兵衛が関西だしだとかそんなことは当然なく、実に「ふつうのGMS」に徹している。逆説的に言えば、このお店はイオンでもヨーカドーでもさして変わらなかったということにはなるが…いずれにしても、地元の人にとっては、「イズミヤは検見川浜のスーパー」であって、決して「イズミヤは大阪のスーパーチェーンです」といったお題目は必要ないのだ。

ただ一つ。レジで年配の方が使っていたSTACIAカード。おそらくイズミヤで作った阪急系のハウスカードだが(イズミヤは紆余曲折あってH2Oリテイリング傘下なのである)、、、検見川浜店がいつかなくなり、関東からイズミヤが撤退したのち、あのカードは遠い関西の地でしかほぼメリットを享受できないカードになってしまう。ご老人のSTACIAなカードはどうなってしまうのかと要らぬ心配をする。

 

遠い異国からやってきたイズミヤ。もはや余命宣告を待つのみの検見川浜店だが、当時は「黒船」のイズミヤも、検見川浜の人々にとっては「日常」の一部となっていよう。普段使いがイズミヤ、STACIAカードを持つご老人…検見川浜だけが関西のようだ。

もはや出自は関係ない。検見川浜のためのGMSになる。生まれの地、関西のイズムを捨て、そんな決意を感じるのだ。

 

訪問日:2016年11月4日

 

【検見川浜ベイサイドモールフェリア(イズミヤ検見川浜店)】

住所:千葉県千葉市美浜区真砂4-2-6

延床面積:30,000㎡(イズミヤ売場面積9,600㎡、専門店4,600㎡)

営業時間:10:00~21:00(食品などは9:00~23:00)

駐車場台数:300台

本屋さん:くまざわ書店フェリア店(専門店。ふつうの90年代くまざわ)

略史:1991年11月 イズミヤ検見川浜店を核として開業